帰りの道を、彼女が右に曲がろうと言うので、右に曲がると、そば屋にせんべい屋、まんじゅうを売る店に揚げもの専門店、履きもの屋に帽子屋、中華料理に焼き肉、イタリア料理にしゃれたコーヒー店、そういうものがある雰囲気の無い、なにも無い、家と、家が、生活感の無い家が並ぶだけの長い道が迎えて、十字路も無い、長い一本道なのに、歩いているといつか迷ってしまいそうな、蝶番の紐の少しほどけたみたいなあやうさの上に立つような、そんな気分になって、気分が滅入った。
「はやくきなよ」
「また立ち止まって」
「歩きだすのが遅いんだから」
「また俯いて」
「愛してる。愛してる」
踊るように、歌うように、愛を歌うように、俺の手を引くように、彼女は歩きだして、何も知らない彼女のうしろを、見ながら、歩きはじめたばかり、長い一本道なのに、迷路を歩いているような、足音は規則的に聞こえるのに、彼女の姿は離れたり、沈んだり、人形のような少女になったり、子供を産んだのに楚々とした感じの損なわれないふうになったり、した。彼女は、それでも動かない家々の中で、光すら不確かで、彼女の言葉だけが確かだった。彼女の言葉だけは、有耶無耶には響かない。
「愛してる。愛してる」
愛を歌う。それも踊るように。
夜を見上げると、月が簡単に現れないようにして雲に隠れて、その横を、尾を引いた星が翔けて消えた。
「愛してる」と呟いてみて、うしろを振り返ると、彼女が空を見上げていた。足は揃っていて、その姿は鮮明に見えた。
「はやくきなよ」
「愛してる」と呟いてみて、空を見上げると、闇雲に月が覗いた。星はなく、言葉だけが、有耶無耶に響く。