ウミホタル

月は家並みを照らして

入り江は島に続いていく

そうして正の走光性と、二面性が許された

私の音楽はいつしか楽しいものではなくなって

近くの海までやって来た

昼は赤く染まる赤潮が、今は白くきらめいた

周りでは白い着物を着た大人たちが回っている

掛け声を出している

いつまでも続く様子で、音頭はいつまでも終わらない

その中で白い着物を着た大人たちが回っている

掛け声を出している

真ん中には小さな子供が海中を覗いている

しばらくすると海から火球が湧いた

火球はゆらゆらと空を舞って、白く弾けた

大人たちはそれを「ウミホタル」と呼んだ

「ウミホタル」と呼んで有難そうに拝んだ

私には、これのどこが「ウミホタル」なのか分からない

二百日戦争

季節は初めての秋になり、綺麗な風が鬱陶しい。懐かしい匂いは無責任で、通り過ぎては記憶を嫌なものにした。背負ったランドセル、ぬるい水道水。車窓で過ぎるだけの町並み。流れ落ちる心無い言葉の数々。明日、明後日が来ない事を願った日々。季節は、また来るはずのない秋になった。

二百日戦争の次の次の日。いつも通り昇る太陽を、明るいからと手で隠した。扉は何十日か前の血で滲み、冷たい空気をさらに冷たくさせた。九番通路を右に出て、綺麗な自転車にまたがった。晴れていたのに、理不尽に雨が降った。二百日前に卸した制服は、もう僕には合っていなかった。

管理区域に掛けられた[DANGER DE MORT]のプレートは、錆びれて読めない。かつて「エントルヴィル」と呼ばれたその町は、今や地図の上から姿を消した。見慣れた学校、修道院は、見る影もない鉄くずになった。あの戦争の日、ただ何もできない自分から逃げた。二百日前に渡された地図は広げても読めなくて、だから仕方ないんだと割り切った。火を消した煙草の数だけ、ただ時間だけが過ぎて行った。

酒屋は人達で賑わっていた。酒だけで未来のない盛況の本質は、生ける屍の町と化したかつての八番通路と何ら変わらない。頼んだビールを二、三口飲んで、もう飲みたくなくなった。立つと、少しふらついて、おじいさんの肩にぶつかって、舌打ちをした。

「子供に優しくしろよ」

閉店した酒屋の前でくたびれて、前と前の日から続く、ふざけた多極構造を思って嫌になった。煙草を一口だけ吸って、少しだけ欠けた月を、明るいからと指で消した。そうやって、血が喉を通った時代を忘れていくんだと思って、それの何が悪い。

イヤホンからは、また嫌いな音楽が流れてきた。スピードにかまけて、一人で笑った。月並みの荒野に、いつもなら見えない星の無数。壊れた自転車をその場に置いた。土と石の上に寝転んで、二百日戦争は終結したと、強がった。

「また同じ朝が来るだけじゃないか」

朝になれば朝が来たし、夜になれば夜になった。眠れない夜にも朝は来て、何もしたくない朝にも、勝手に太陽は昇った。二百日という時間は長いようで、振り返れば一瞬だった。一瞬で多くの人が亡くなった。一瞬だったはずなのに、その一瞬の中には、果てしなく長い朝と夜があった。

あの日のことを思い出す度に、自分の無力さが嫌になった。もっと早く走ればよかった。もっと強ければよかった。そうやって、何を考えたところで、過ぎた時間は戻ってこない。ただ、何も考えないことにもできない。でも、考えない。忘れるわけじゃない。忘れられないものを、忘れられないまま、ここに置いておく。嫌なことは嫌なまま、悲しいことは悲しいままでいい。わざわざ押し並べなくていい。

前を向くことはできなくても、後ろを向いたまま歩ければいい。それも、歩いたことには変わりない。道は、相変わらず分かりはしない。地図を開いても、どこまでも知らない場所だった。どこへ行けば正しいかなんて、思えば誰も教えてくれなかった。けれど、正しい道なんて最初からなかったのかもしれない。右へ行こうと、左へ行こうと、歩いた距離の分だけが、正しく歩いたことになる。

二百日前の僕は、明日、明後日が来ないことを願った。今は、明日が来てもいいと思う。ついでにその明後日が来てもいい。世界を救うような大したことはしなくても、誰かに許してもらえなくても、ただ知らない道を走って、知らない空を見ればいい。

それだけでよかった。

綺麗な風が吹いても、もう手で追い払わなくていい。懐かしい匂いがしても、全部を嫌な思い出にしなくていい。車窓を過ぎ去るだけの町も、あの日の僕も、もう戻ってこない。だからこそ僕も戻らなくていい。世界がまだ二百日戦争を語っても、また同じ秋が来ても、その時の僕は、もうあの日の僕ではない。

そう思えるまでに、長い一夜を掛けた。

また血が喉を通った時代を思い出す。

永い夜は、そうして半日も経たず明ける。

走馬灯

私はコンクリートの上に立っていた。

足元は、思っていたより冷たくない。昼間の日差しをため込んで、多分しばらく温かい。山から下りてきた風は冷たいまま、手すりを伝って私に触れた。

目の前に広がる水は動かず、波打たない。水面に映る空は平坦で、いつからかずっと留められているようだった。何度覗き込んでも、誰も覗き返してはこない。

気が付けば、視界は薄紫色に広がった。

[異蟶ク縺梧、懷?縺輔l縺セ縺励◆縺後?蜀?容は莉墓ァ伜?縺ァ縺?]

私はコンクリートの上に立っていた。

背後では、山が私たちを見下ろした。険しさを態度で表して、何者も拒むように連なった。ダムの弧は私をゆるやかに導いて、端から端まで歩かせる。

山から聞こえる音以外、何も聞こえない。ここにいると、あらゆる物の輪郭が少しずつ薄れた。このまま、水面と空は境目をなくすと思った。

視界には薄紫色が広がって、私はうずくまった。

[逡ー蟶ク縺梧、懷?縺輔l縺セ縺励◆縺後?豁」常に邨ゆコ?@縺セ縺?]

そこは一人に相応しくない、数十人分の広さだった。

自動の調光が宙を舞って、心臓を余計に急かされた。少し着替えるために入ったにしては、あまりに広い。液晶の向こうでは、知らない歌手が知らない曲を勧めてる。どこに座っても落ち着かず、場所を変えては、何度も座った。どこに座っても正解はない気がした。

注文したドリンクが運ばれるまで、私はじっとした。

[逡ー蟶ク縺梧、懷?縺輔l縺セ縺励◆縺後?内容は仕様内です]

時間になっても、電車は来なかった。

反対側のホームには、知らない服を着た、私たちが立っている。彼らはみんな同じ制服を着て、同じ方向を向いて動かない。長針が何度回っても、電車は来ない。発車ベルが響いても、風だけが吹いた。アナウンスはいつまでも「まもなく」を繰り返しながら、その約束を果たすことはなかった。

「黄色い線の内側でお待ちください。足元にはご注意ください」

[逡ー蟶ク縺梧、懷?縺輔l縺セ縺励◆縺?]

その日は妙に晴れていた。

昔から履いてる靴紐は、何度結んでも解けてしまって、なかなか前に進めない。日が暮れてから電車に乗せられて、数十人用の部屋に通された。一人では、何を歌っても、楽しくない。

[逡ー蟶ク縺梧、懷?]

街路灯のない帰り道に、二十二時のチャイムが鳴った。家の玄関の灯りだけが、色のない夜を照らした。夕飯の味噌汁はいつもより薄くて、母はテレビを見ているのに笑っていた。今日のページとあの服は燃やしておいたよ、と母は言った。

[異常が検出されましたが縲∵ュ」蟶ク縺ォ邨ゆコ]

駅には夕暮れの紅だけが残った。

売店はもう誰にも相手にされなくて、私にはうらやましく思えた。自販機は夕焼けで溶けてしまって、小銭の代わりに赤い光が落ちてきた。小銭は、指の隙間から逃げていった。

「まもなく最終電車が参ります。お乗り遅れのないようご注意ください」

線路は二本とも同じ場所へ続いていると思った。

どちらも、昨日へ続いていたらいい。

[本当はみんなと同じ服を着て、同じ物で笑いたい]

制服は洗えば乾く。手も洗えば乾く。指先だけが覚えていて、季節になるたび思い出した。冬になると、そこだけがいつまでも乾かなかった。洗っても乾いても落ちなかったあの日のページは、母が燃やした。

[異常が検出されましたが、正常に終了します]

カエルたちが歩き出して、池は取り残された。誰も跳ねようとはせず、小さな足音だけを湿った夜に並べて歩いた。行き先を知るカエルはいなかったが、迷うカエルもいなかった。道端には脱ぎ捨てられた雨がいくつも転がった。一匹のカエルがそれを拾い上げ、空に返した。雨はゆっくりと空を上って、雲は少しだけ軽くなった。遠くの踏切が勝手に鳴った。私は、その列の最後尾を歩いていた。振り返ると、池はまだそこにある。草葉は手招きして、私たちの帰りを待った。

[昔、好きだった物だけで、部屋を埋めなくていい]

 走馬灯は、瞼の裏でだけ灯った。

 私は暗闇を歩いた。

 真っ直ぐに歩いた。

 そのままにもう振り返らなくてよかった。

 

瘧鬼行

①岡陵の屋敷

 秋も入口に掛かった頃、私は熱と悪寒を覚えた。

 昼は汗が滲むほど熱く、夜は骨に沁みるほど寒い。二、三日の事かと思ったが、ひと月経とうが治らない。町の医者を何軒回っても、どこも診立ては「風邪」だった。いくら薬を飲んでも治らない。何日養生しようが治らない。そんな折、Aを訪ねるように勧められた。

 AはX都の岡陵にある古い屋敷に住んでいた。医者ではないらしい。ただ、病人の方からやって来る。巷では野医者などと呼ばれていた。私は半信半疑で訪れた。

 門を潜ると、書生に案内され、書斎へ通された。

 Aは帳面に異様なほど顔を近付けて読んでいた。私が入ってもしばらくは顔を上げず、言い分を黙って聞いた後「それは寒熱病ではない。瘧鬼だ」と言った。

「何ですか、それは」と、私は聞き返した。

「鬼だよ」と、Aは言った。

 私は言葉を失った。馬鹿にしているのかと思った。ただの藪医者か、気が狂っているのか。そんな私の胸中を読み取った様に、Aは壁の方を指差した。

 額が掛けてある。

【話せば誤解される。ただし歯車は弁解しない。それでも世界は回っている。】

 ドイツの発明家ハインリヒ・クラウゼンの言葉だと言う。誰だかも、意味も分からない。

「だから私はあまり説明をしない」

「説明すると皆、病気だと言う」

「病気だからでしょう」

「そう思うなら、そう思えば良い」

 Aは書棚から古い冊子を取り出して、私の方へ投げた。黄ばんだ紙には『瘧鬼行』とある。そこにはこう書かれていた。

 熱病に伏せる者の枕元へ、小さな子供が現れる。

 それは、猫ほどの背丈しかない。

 緑の服に赤い洋袴・朱の靴を履き、髪は双髷に結っている。

 この子供が笑いかけると熱が出る。

 やがて寒気が来る。

 それを繰り返し、そのまま病人は眠り続けた。

「夢の話でしょう」

「夢の話かもしれない」

「はあ」

「夢も病気のうちだからね」

 Aはまた帳面に異様なほど顔を近付けた。私はまた返す言葉がなくなった。禅問答の様で、厭になった。

②瘧鬼行

 その晩、夜半過ぎ、目が覚めた。

 小さな子供が居た。緑の服に赤いズボン、くすんだ朱色の靴を履いている。何やら喋っている様だが、聞こえない。悲しいような、怒っているような、微妙な表情をして、こちらに寄って来る。

 私は『瘧鬼行』の話を思い出した。悪寒がした。これが瘧鬼だと、直感した。起き上がって殺そうにも、体が動かない。瘧鬼は微妙な表情で寄って来る。

「貴様は、瘧鬼か」

 心底、夢であってくれと願った。あの野医者の言っていた事が正しかったと、認めてしまうのが厭だった。そんな事は冥々知らず、瘧鬼は確かな温度感を携えて、寄って来る。泣いているような、笑っているような、奇妙な顔で寄って来る。

「キイキイ、キイキイ」

 ベッドに登ってこようとしたところで、突然、瘧鬼は不気味な声で鳴いた。鳴いて、床に落ちて、尻込みをした。よく見れば、慄いている。泣いている。

「何に慄いている」

 意味が分からない。瘧鬼は窓辺の方を見て、慄いている。振り返ると、窓辺には瓜を剥く庖丁が見えた。これは、あの屋敷を出る時、書生に渡された物だった。きっとこれを畏れたのだろう。瘧鬼はキイキイ鳴きながら、私の部屋から出て行った。

 次の晩から、私は夜覚めすることがなくなった。

③岡陵の屋敷

 屋敷を訪れてから七日が経った頃には、とうとう、熱も悪寒も最初から無かったかの様に治まった。悪夢に魘される夜もなく、食欲も戻った。礼を言うべきかと思って、私はもう一度、岡陵の屋敷へ向かう事にした。

 一度しか来ていないのに、バス停を降りてからの変哲ない山道も、間違え様のない物に思えた。沢を渡る為の短い橋も、白く朽ちかけた鳥居も覚えている。岡陵へ向かう獣道も、あの日のままだった。

 屋敷は無かった。

 草原に、蟻の群がった骨塚が一つあるだけで、それ以外には何も無かった。

 私は屋敷が無くなっている事に、あまり驚かなかった。そんな気もした。あの野医者も、書生も、屋敷も無くなっている、そんな気もした。ぽつんと蟻の群がった骨塚が一つある、そんな気もした。

 書生へ買った氷菓は、いつの間か溶けてしまっていた。何となく、意味のある行為の様にして、そっと置いた。

 帰り際、Aに似た鼻の大きな中年を見掛けたが、書生を連れていなかったので、どうでも良くて、そのまま帰った。

④ネオンサイン

 あの不思議な体験から半年が経って、あれだけ嫌だった地元の空気も、別に嫌ではなくなった。明るい月も、キラキラの夜露も、飲み屋のネオンサインも、別に嫌ではなくなった。暗闇を、抜け出したような気になった。

 バイクを走らせながら、あの屋敷を思い出した。

「表の医者が『マラリア』と診る物は、全体の3%に過ぎない。残りの97%はこういう物なんだ。だから私はあまり説明をしない」

 確か、Aはそう言っていた。

 普通は逆だろうが、今では私もそう思う。

 気が、狂ってしまったんだと思う。

巡り門渡

 曾祖母が九十九になって、蔵納めをやると言い出した。もう、そんな時期かと思った。生前葬は既に済ませていて、若い頃に回り貸しをしていたと言う曾祖母の家には、まだ大量の骨董品が残っていた。これらを身内に安く譲り、売上は新しく建てる墓に充てるのだと言う。私達の為の墓だ。

 曾祖母は骨董を並べながら、「元から要らない物なんだ」と何度も言った。祖父も、「若い頃から、ずっと言っているんだ」と言った。

 高額な商品はほとんどが壺だった。

 八十八万七千円。二十四万四千円、十一万千一円。値段は曾祖母が決めた。私には目利きが無いので、何が違うのかは分からない。文句を言う者は居なかった。祖父が会計をして、私は隣で梱包した。皆、品を選び、金を出し、帰っていく。曾祖母は一人一人に礼をして、皆、この家から思い出を持ち帰っている様に見えた。

 最後に祖父の番になった。祖父は残りの品を全て買うと言った。

「負けてくれ。これが多いんだ」

「ああ、分かったよ」

 曾祖母はそう言って、会計も梱包も自らした。祖父がそうしていた様に紙袋にお釣りと見送りの菓子を入れ、私がしていた様に丁寧に骨董を包んだ。祖父は紙袋の中をちらと見ると「これ」と言った。

「息子から金は取れん」

 私はそんなに知らないが、矜持を思わせる顔だった。祖父は静かに抱擁した。突然の事だった。どういう訳かは分からない。二人の関係性も、二人の間に在った歴史も、二人にしか分からない。言葉はなく、時間だけが過ぎて、風だけが入ってきた。春の風だった。

 その時、タイミング悪く、曾祖母が倒れかけた。

「まずい、巡り門渡がやって来た」

 何処からか、母が言った。祖父はゆっくりと曾祖母から離れた。私も立ち去らないといけない気がした。骨董は全て無くなった。墓もそのうち建つのだろう。

 少しだけ開いた玄関から、また春の風が吹いた。

 曾祖母はすっと俯いて、そのまま動かなくなった。

 

 

バタフライ

この島に越してきて、私の生活は大きく変わった。朝は潮騒で目を覚まし、井戸の水で顔を洗う。坂の途中にあるたばこ屋で新聞を受け取って、昼になれば港の方まで散歩をする。夕方には障子を閉めて、灯をともす。都会の様な喧騒はなく、不便で、誰彼の言葉に縛られず、どこも混まない。この宝島では、効率は対義語みたいなものだった。島民には当たり前の青空も、透き通る海の色も、今の私には愛おしい。

「星が綺麗でしょう」

「星が無ければ、晴れた夜に気付けない」

この島で、闇も明るければ温かいことを知った。

私が病んで居た頃、ぴーちゃんが亡くなってからの生活はひどく廃れたものだった。部屋には朝も夜もなく、人を駄目にする臭いだけ立ち込めた。ぴーちゃんの遺体はその内に溶けて、幾月か経って、腐っていた私を見つけたお父さんは、初めて泣いた。私は笑うしかできなかった。実家に連れ返されてから、この島を教えてくれたのはお母さんだった。お母さんはこの島の生まれらしい。

「さあ、行きましょうか」

島の人達は皆優しくて、中でもこのおばあさんは、毎月同じ日に島を案内してくれる。もう、島のことは全部知ってるのに、同じルートを行って、私に皆を紹介してくれる。ただ今日は、知らない場所に連れて行かれた。

「これはトキジクノカクノコノミ。日本、本島ではなかなか取れないのさ。ここらへんが若い頃はいっぱい取れたんだけど、土豪が散らして行ってから、あんまり取れなくなった。その頃も、島の、男の連中しか食べられなかったんだ。それも、樟柳神を祀る日に」

長い話だった。ぴーちゃんが、死んだ日に、私はトキジクノカクノコノミを知った。ぴーちゃんに比べたら、長い名前だった。

理由は分からないけど、毎月同じ日に、いつも同じルート。でも、今日はトキジクノカクノコノミを教えてくれた。何でかは分からない。このおばあさんは、亡くなったぴーちゃんを知らない。雨の日の郵便局は、未だに昨日の葉書を扱っていた。

少女が犬と戯れている。私はふとぴーちゃんとのことを思い出して泣いた。

おばあさんは、まだ喋っている。

「今日は、メイドに頼んで、良いものを作らせましょう」

おばあさんはひとしきり喋ったあと、腕をまくって引っ込んだ。公園には、犬だけが取り残された。リードがない。ここには、野良犬しかいない。本島ではありえない。私は手持ち無沙汰になって、家に帰った。今日だけは、空を見上げたら、星の数だけ泣いてしまいそうだった。

ぴーちゃんは誕生日に亡くなった。それは私しか知らない。この島にいれば利便に嫌われることもなかった。悪意に触れられることもなかった。あの子にとっては他愛なくてよかった。

どうでもいい事を考えていたら、いらっしゃい、と声が聞こえた。おばあさんがケーキを持って、家まで迎えに来てくれていた。道半ば、おしゃべりなおばあさんは、口を利かなかった。

この宝島では、死んだ日に、メイドに頼んで、皆が大好きな、ケーキを供える。

行方不明と走る猫

鹿と共に深手をなぞる。

太陽に挑まなければ影は残ったままだった。

 

川沿いの道を歩きました。

冷えた風に、露と草葉の匂いが混じります。

彼女が、屋根裏の鼠に魂を抜かれてから。

靴底には、夜がまとわりついてきます。

 

鄙びた木箱を隠しました。

携帯の中では、赤と青と緑が溶け合います。

撮るたび見返して、未だに狐に化かされた。

闇の隣では、また闇が息をひそめます。

 

壊れた街灯の点滅を、鉄の扉が反射します。

桜色の雨は浮いて、場違いな夜が光ります。

また、猫は夙に死体の上を飛び跳ねます。

公園の人混みは、私の目にはつきません。

 

人混みの公園を避けました。

触れられる距離から、逃げました。

気付けば、朝陽が背中を刺しました。

公園の白鹿は、もう人目にはつきません。

 

あたりの水面には

ほどけた朝陽が反射して

縦縞は波打ったように写った。

 

理由は動画に残します。

明日も動画を残します。

連れてきた彼女の正体が分かるように。

あの日から浮かぶ、あの陽炎の正体が。